WISC-Vとは?知能検査の基本軸になるウェクスラー式知能検査について解説
WISC-V(ウェクスラー式知能検査 第5版)は、世界的に広く使用されている児童・生徒向けの個別式知能検査です。この検査を受けるべき理由について、学術的および臨床的な観点から、また、お子さんが早期に検査を受けることの重要性について解説します。
■WISC-Vを受けるべき理由
WISC-Vは、単に「IQ」という一つの数値を知るためだけの検査ではありません。子どもの多様な知的能力を包括的に評価できるように構成されています。
1. 学術的な理由:現代の知能理論に基づく詳細な評価
WISC-Vは、現代の知能研究で最も有力なCHC理論(キャッテル・ホーン・キャロル理論)を理論的背景としています。CHC理論は、3人の理論を統合した理論で、これまでの膨大なデータを因子分析にかけて、知能がどのような因子によって構成されているかを研究し、知能や能力の種類を徹底的に整理した理論です。
WISC-Vは、このCHC理論に基づき、全体の知的水準と5つの主要な認知領域(主要指標)を測定しています。
全検査IQ(FSIQ):全体的な知的発達の水準
言語理解指標 (VCI): 言語能力や習得知識を測定している
視空間指標 (VSI): 視覚イメージを問題解決に活用する力を測定している。
流動性推理指標 (FRI): 新奇な課題(応用問題など)を計画的かつ柔軟に解決する力や直観的な推理力、数量的な概念を含む課題の推理力を測定している。
ワーキングメモリー指標 (WMI): 注意を維持しながら、情報を一時的に保持し、同時に処理する能力を測定している。
処理速度指標 (PSI): 慣れている課題・作業を正確かつ流暢に遂行する力や反復作業における集中・意欲の維持・持続、筆記技能を測定しているこれら5つの指標を測定することで、
全般的な知的水準(FSIQ)だけでは見えてこない子どもの認知特性を明らかにすることができ、子どものつまずきの原因と対策を見出していくことが可能になります。
2. 臨床的な理由:適切な支援への橋渡し
個別最適な支援計画の作成:
検査は、診断をつけるための道具ではありません。あくまで、その子の認知特性や知的発達水準に合った学習方法や支援策を具体的に考えるためのものです。
支援例1:ワーキングメモリーが低い子には、指示を短く区切って伝える、視覚的なメモを活用する、指示は一度に一つか二つ、といった支援が考えられます。
支援例2: 処理速度がゆっくりな子には、解答時間を十分に確保する、筆記量を減らす工夫をする、といった合理的配慮が考えられます。
これらの具体的な支援は、学校や、家庭での関わり方を考える上で非常に有効な情報となります。
■学習のつまずきに気付いたら・・・
早めに実施の検討をすることの意義は以下にあります。
1. 早期発見・早期支援の実現
子どもの脳は発達の途上にあり、特に幼児期から学童期にかけては非常に高い可塑性(変化のしやすさ)を持っています。この時期にその子の発達や認知特性を把握し、適切な働きかけ(療育や教育的支援等)を行うことで、困難を軽減し、持っている能力を最大限に伸ばすことが期待できます。
2. 二次障害の予防
学習上のつまずきや、周りの子どもたちとの違いを本人や周囲が理解できないままでいると、子どもは「自分はできない子だ」「なぜみんなと同じようにできないんだろう」と自己肯定感を著しく低下させてしまうことがあります。これが、不登校、意欲の低下、不安、抑うつ、行動問題といった二次障害を引き起こす原因となり得ます。子ども自身と周りの大人(保護者、教師)がその子の特性を早い段階で正しく理解することで、こうした二次的な問題が深刻化するのを防ぐことができます。
3. 「なぜ?」の客観的な理解
「何度言っても忘れてしまう」「集中力が続かない」「特定の勉強だけが極端に苦手」といった子どもの行動に対して、周囲が「努力が足りない」「やる気がない」と誤解してしまうことがあります。検査によって、その行動の背景に弱い認知特性があることがわかれば、叱責ではなく、その子に合った適切な支援を提供できます。
4. 本人の自己理解の促進
ある程度の年齢になれば、検査結果を本人に分かりやすく伝えることで、子ども自身が「自分はこういうことが得意で、こういうことが少し苦手なんだ。だから、こういう工夫をすればいいんだ」と、自分の特性を客観的に理解し、自助努力を促すことができます。これは、子どもが将来、自分自身で困難に対処していく力(セルフマネジメント能力)を育む上で大切なステップです。
まとめ
WISC-Vは、子どもの知的な世界を解き明かし、その子に秘められた可能性を最大限に引き出すための羅針盤となるツールです。学術的には子どもの認知構造を精緻に分析し、臨床的には個別最適な支援計画に結びつける重要な役割を担います。特に、気になる行動や様子が見られた段階で検査を受けることは、二次障害を予防し、その後の健やかな成長と学習を支えるためには有効なものと言えるでしょう。
もしお子さんの発達や学習に関して気になる点があれば、専門機関(検査を実施している施設・医療機関等)に問い合わせてみることをお勧めします。
臨床心理士 / 公認心理師 井上 操